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整理技術研究グループ月例研究会報告

目録情報の意味論的見直しの状況について

−IFLA『書誌的記録の機能要件』を中心として−

和中幹雄(国立国会図書館)


日時:
2001年7月21日(土) 14:30〜17:00
会場:
難波市民学習センター
発表者 :
和中幹雄氏(国立国会図書館)
テーマ :
目録情報の意味論的見直しの状況について−IFLA『書誌的記録の機能要件』を中心として−
出席者:
堀池博巳(京大大型計算機センター)、太田智子(京都外大図書館)、村井正子(システムズ・デザイン)、笠井詠子・吉田暁史(帝塚山学院大学)、浜田行弘(関西学院大学)、高橋晴子(大阪樟蔭女子大)、守谷祐子(千里文化財団)、玉田亜由美(奈良県立奈良図書館)、北西英里(大阪府盲人福祉センター)、蔭山久子(帝塚山大学学園前キャンパス図書館)、前川和子(堺女子短大)、久保恭子(大阪青山短大非常勤)、北克一(大阪市立大学)、渡辺隆弘(神戸大学図書館)、田窪直規(近畿大学)、志保田務(桃山学院大学)、和中幹雄

1.『書誌的記録の機能要件』の刊行
Functional Requirements for Bibliographic records : Fianl Report / IFLA Study Group on the Functional Requirements for Bibliographic Records ; approved by the Standing Committee of the IFLA Section on Cataloguing. -- Munchen : K. G. Saur,1998.
http://www.ifla.org/VII/s13/frbr/frbr.htm

2.目録原理再検討の背景
 『書誌的記録の機能要件』をまとめたIFLA研究グループが発足したのは、1990年代のストックホルムにおける書誌的記録に関するセミナーにおいてであったが、それ以前の関心は書誌記述の簡略化(simplification)にあった。ところが90年代以降簡略化から構造化への流れに変わった。その理由として、以下の2つが考えられる。
(1)OPACの出現。オンライン目録、特にウェブOPACの出現により、初めて目録は一般国民に日常的に利用されるようになった。
(2)情報技術の発展。ハイパーテキスト等の情報処理技術の開発や、インターネットの登場。
3.目録の機能要件のモデル化
 『書誌的記録の機能要件』の方法論は、1980年代の情報処理分野における「実体関連分析」(entity-relationship analysis technique)の手法を用い、利用者の観点から目録機能要件モデルを提示している。利用者および利用目的はさまざまであるが、利用者が目録利用の際に関心対象とするものを「実体」entityとしてモデル化する。次に利用者がこられの「実体」を探索する場合に用いる検索用語や概念を、各実体がもつ「属性」、各実体間の「関係」として捉え、それらの「属性」および「関係」をモデル化する。さらに、実体がもつ「属性」、や「関係」を通して利用者が目録利用に際してとる行動をモデル化する。このようにしてモデル化された利用者行動にとって、実体がもつどのような属性や関係が価値をもつかを評価する。このように『書誌的記録の機能要件』の目的は、「書誌的記録が果たす諸機能を、明確に定義された用語によって記述すること」にある。これは、書誌的記録の意味論的考察であり、それらをどのように記録するかという、シンタクスの領域を捨象したところで成立している。
4.目録利用者の行動モデル
 利用者が目録を利用する際の行動は、以下の4つの類型に大別される。
(1)実体の発見 find
(2)実体の識別 identify
(3)実体の選択 select
(4)実体の入手 obtain
5.実体
 利用者の関心対象となる実体は、(1)知的・芸術的所産としての実体、(2)知的・芸術的所産に責任を持つ実体、(3)知的・芸術的所産の主題としての実体、に大別される。
(1)知的・芸術的所産としての実体
 利用者の関心の側面が異なることにより、次の4種類の実体に類別される。
a)著作 work
b)表現形 expression
c)実現形 manifestation
d)個別資料 item
 これら4種類の実体と、それら実体間の基本的な関係を図1に示す。従来の目録規則は実現形を対象としていた。
(2)知的・芸術的所産に責任を持つ実体
 著作活動を行っている個人や団体(著者や翻訳者や編集者)のほか、物的生産・頒布に責任をもつ個人や団体(編集者や出版者)、それらの収集・保管に責任をもつ個人や団体(図書館等)をも含む。知的・芸術的所産としての実体とこれら責任性としての実体の関係を図2に示す。表1に「源氏物語」の検索結果リストを示す。こられのうち1から17は源氏物語と関係のあるまとまりであり、全体として一つの著作となっている。5から7は同じ表現形の別の実現形であるが、6と7では[紫式部著]となっている。記述が実現形にもとづくとするなら、このように標題紙にないものを記載するのはおかしいのではないかという議論がある。こららの補記は実現形ではなく著作にかかわることであるからである。
(3)知的・芸術的所産の主題としての実体
 著作の主題としての実体である。「平安時代」や「経済学」といった概念、「桂離宮」といったオブジェクト、「日露戦争」といった出来事、「東京湾」といった場所といった種類のほか、知的・芸術的所産としての実体(著作等)および知的・芸術的所産に責任をもつ実体(個人・団体)もまた著作の主題としての実体となりうる。知的・芸術的所産としての実体と主題との関係を図3に示す。この図で明らかなように、主題に関連する知的・芸術的所産としての実体が関係するのは、表現形や実現形や個別資料ではなく、著作であることに留意する必要がある。

6.実体の属性
 著作、表現形、実現形および個別資料の各実体には、それぞれ固有の属性がある。利用者は関心対象である実体のもつ属性を用いて目録を検索し識別し入手する。例えば、タイトルや著者名や出版者名によって検索・識別・選択を行う。そして個別資料という実体のもつ属性である所蔵図書館や請求記号を知ることによって貸出請求を行い資料を入手する。
7.実体間の関係
 実体がもつ固有の属性とともに、実体間の関係によっても、利用者は関心対象である実体を検索し識別し選択し入手する。例えば紫式部という個人名によって、紫式部の著作を検索するというのは、知的・芸術的所産としての実体と、知的・芸術的所産に責任をもつ実体との関係を把握するということである。このように目録は実体の属性を記録するだけではなく、さまざまな実体間の関係をも明示する必要がある。これらの関係は以下のように類別することができる。
(1)基本的な(high level)な関係
1)知的・芸術的所産としての実体間の関係
<著作と表現形との関係>
 一つの著作が表現形を通して実現されること、逆に言えば、一つの表現形が一つの著作の実現であることを示す。一つの著作が改訂されたり翻訳されたりすることによって、異なる表現形が出現する。
(例)
著作:Paul Anthony SamuelsonのEconomics
 表現形1 11版の英語原文テキスト
 表現形2 William D. Nordhausとの共著による16版の英語原文テキスト
 表現形3 都留重人訳による英語原文11版からの日本語翻訳テキスト
<表現形と実現形との関係>
 ある表現形が物理的に体現することによって、一つの実現形が出現する。逆に言えば、一つの実現形は表現形の物理的体現である。物理的な体現が方式が異なる場合には、一つの表現形に対して異なる出現形が出現する。
(例)
著作:広辞苑
 表現形1:広辞苑 第4版
  実現形1 1992年岩波書店刊の2858pの冊子
  実現形2 1997年岩波書店刊のCD-ROM
<実現形と個別資料との関係>
 実現形とその単一の提示物との関係である。
(例)
著作:広辞苑
 表現形1:広辞苑 第4版
  実現形1 1992年岩波書店刊の2858pの冊子
   個別資料1 国立国会図書館所蔵の正本(禁帯出資料)
   個別資料2 国立国会図書館所蔵の複本(図書館間貸出可)
   個別資料3 都立中央図書館所蔵(禁帯出資料)
2)知的・芸術的所産としての実体と個人・団体との関係
<著作と個人・団体との関係>
 著作と著作に責任をもつ個人ないし団体との関係である。
(例)
個人:福沢諭吉
 著作1:学問のすゝめ
 著作2:訓蒙窮理図解
 著作3:世界国尽
 著作4:啓蒙手習の文
 著作5:文明論之概略
団体:外務省
 著作1:外交青書
 著作2:主要国際機関の日本人職員名簿
 著作3:在外公館リスト
 著作4:世界の国一覧表
<表現形と個人・団体との関係>
 表現形と表現形に責任をもつ個人ないし団体との関係である。
(例)
個人:山岸徳平
 表現形:紫式部著の源氏物語(日本古典文學大系等)の校注
<実現形と個人・団体との関係>
<個別資料と個人・団体との関係>
3)知的・芸術的所産としての実体と主題との関係
<著作と主題との関係>

(2)その他の関係
 著作、表現形、実現形、個別資料という各実体と関係をもつその他の実体(いわゆる関連著作、関連資料)との関係を示す。
<著作と他の著作との関係>
 ある著作とその継続(続編等)、補遺(補遺、索引、用語索引、付録、評注等)、要約(抜粋、抄録等)、改作(パラフレーズ、翻案、戯曲化、小説化、パロディー等)との関係である。また、著作レベルでの全体と部分(構成部分)との関係として、従属的「部分」(章節、逐次刊行物の各号、挿絵等)と全体、独立的「部分」(モノグラフ・シリーズの各巻、雑誌論文等)と全体との関係がある。
 このほか、<表現形と他の表現形・著作との関係>、<実現形と他の実現形・個別資料との関係>、<個別資料と他の個別資料との関係>がある。
【注】この発表概要は、和中氏による発表内容と配付資料をもとに作成した。