整理技術研究グループ月例研究会報告
博物館世界の情報組織化:記述指針とオントロジ
田窪直規(近畿大学)
- 日時:
- 2005年3月12日(土) 14:30〜17:00
- 会場:
- 大阪市立浪速人権文化センター
- 発表者 :
- 田窪直規氏(近畿大学)
- テーマ :
- 博物館世界の情報組織化:記述指針とオントロジ
- 共催:
- アート・ドキュメンテーション研究会関西地区部会
- 後援:
- 記録管理学会
- 出席者:
- 伊藤勝之(日本航空インターナショナル広報部)、江上敏哲(京都大情報学研究科図書室)、蔭山久子(帝塚山大図書館)、川崎秀子(佛教大)、河手太士(大阪樟蔭女子大図書館)、北西英里(大阪府盲人福祉センター)、佐藤毅彦(甲南女子大)、城下直之(エスオーファイリング研究所)、杉本節子(武庫川女子大)、根岸祥泰(日本航空インターナショナル広報部)、浜田行弘(関西学院)、堀池博巳(京都大学術情報メディアセンター)、前川和子(堺女子短大)、守屋祐子(千里文化財団)、安威和世(梅花女子大図書館)、山野美贊子(帝塚山学院大非常勤)、吉田暁史(帝塚山学院大)、渡邊隆弘(神戸大図書館)、田窪<19名>
国際博物館会議国際ドキュメンテーション委員会(ICOM CIDOC)による博物館資料の記述指針「博物館資料情報のための国際指針」(IGMOI)とオントロジ「概念参照モデル」(CRM)の概要について、図書館(ISBD等)及び文書館(ISAD等)の世界と比較しながら説明された。
1.ICOM CIDOCの記述標準類制定動向
- 1978年に16項目の「最小情報カテゴリー集合」が制定されている。90年代に入って新情報カテゴリーの開発が企図され、1995年にIGMOIが制定された。オントロジであるCRMは1998年に初版が出されている。70年代にISBDを制定した図書館界よりはかなり遅く、文書館界(ISAD)とはほぼ同時期である。
2.記述指針IGMOIについて
- 博物館所蔵資料を対象とし、資料の属性情報の項目のみならず、関連する管理項目も規定している。属性情報項目のみを扱うISBDとは性格を異にし、ISADにより近い。
- (1)「説明責任の保障」(定義・同定等)、(2)「セキュリティ」、(3)「資料の史料提供」(伝来等)、(4)「アクセス・サポート」の4つを目標としている。(1)はISBD及びISADに、(3)はISADの「コンテクスト情報」に通じる。特にIGMIO独自なのは(4)である。ISBDとISADがともに記述を主目的としてアクセスポイントは別途の話としているのに対し、IGMIOは両者を表裏一体ものものととらえている。
- 記述方法の点では、非転記情報項目を基本とする。「転記の原則」を重んじるISBDとは大きく異なり、ISADに近い。
- 主な役割としては、「国際博物館情報標準の基礎」「新しい全国指針や標準の基礎」「実際のドキュメンテーション・システムのモデル」等があげられている。ISBD及びISADがともに「標準」であるのに対し、IGMIOは「指針(ガイドライン)」である。ISBDは図書館間の資料の同質性を前提に斉一的な記述パターンを要求し、ISADもそれほどではないが一定の同質性を前提としているのに対して、博物館世界では「異質性」を前提としていることに留意すべきである。これは、ISBDやISADは記述枠的な性格を有しているのに対して、IGMOIは、博物館が自館のドキュメンテーション・システムや記述項目等を設計するときに参考にするものという性格のものであるということによっている。
- 記述項目は「情報グループ/情報カテゴリー」というように階層化されており、ISBD等の「エリア/エレメント」構造と同じである。
- 「アクセス・サポート」を目標の一つに置くため、記述値の統語的統制(例:人名の形式を規定)及び意味的統制(例:AATの使用を勧奨)を行う。記述の外側(記述用項目のほかに別途アクセス・ポイント要項目をもうけて、この項目の値を典拠ファイル等)で統制を行う図書館・文書館と異なり、記述項目をダイレクトに検索項目に使用するところに特色がある。博物館では図書館・文書館に比して、多数のアクセスポイントが必要なためである。
- ISBD及びISADに比べ、非常に多数の記述項目(22情報グループ)が設定されている。博物館資料の多様性やコンテクスト情報の必要性、業務管理項目の設定等による。記述項目の並びに意味はなくアルファベット順配列とされていること、従属的に繰り返し可能な項目があること、はISBDやISADにない特色である。また、ISADと同様に記録者関連の記述項目を持つ。
3.オントロジCRMについて
- 当初は実体関係モデルを用いた検討が行われたが、最終的にはオブジェクト指向モデルを用いることとなった。1998年の初版に始まり、現在は4版が出されており、2007年にISO標準となる予定とされている。
- CRMの第一義的な役割は、異質データを統合し流通させるための意味的「接着剤」であり、これはデータ変換・併合、問い合わせ仲介などの諸機能に資するものである。理想的には文化遺産コレクションのドキュメンテーションに必要なすべての情報をスコープとするが、現在はIGMOIをはじめとする博物館世界のいくつかの記述標準類などを対象とし、ISBD、ISAD、DCMESなど異なる世界の記述標準との互換も視野に入れている。
- CRMは、博物館情報記述の世界における諸概念と概念間の意味的関連性を厳密に分析した「ドメイン・オントロジ」と位置づけられる。対象をモデル化することによってコンピュータで利用できる「知識」を構築しようとするものである。
- コア・データによる最小主義者的アプローチではなく、情報のロスを防ぐ最大主義者的アプローチをとっている。
- CRMの構成は主に、「実体索引」と「実体宣言」から成っている。実体索引は各実体を階層的にリストアップしたもので、シソーラスにおける体系順表示に似ている。実体宣言は各実体について詳細な定義を行うものであり、スコープ・ノート等も記述されるが、主には他の実体との関係性によって定義がなされる。階層構造はシソーラスと同様であるが、その他の関係(シソーラスでいうとこころの「関連語」)が非常に細かく分類・分析されているのが大きな特徴である。また、オブジェクト指向モデルを取るため、階層上位の実体に設定された関係性規定は下位実体に継承される。
4.博物館世界の情報組織化の問題点
- 日本では、IGMOIやCRMの存在すら知らない学芸員が多いのが現実である。英国等に比べ、日本の博物館はドキュメンテーションが弱い。図書館におけるISBD、文書館におけるISADとは認知度に大きな差がある。
- CRMは版による差もあるが複雑・難解であり、これをうまく理解して活用できるかどうかは今後の課題である。
(記録文責:渡邊隆弘)