情報組織化研究グループ月例研究会報告(2009.11)
「著作」の理論と書誌的家系の諸相
宮田洋輔氏(慶應義塾大学文学研究科)
- 日時:
- 2009年11月14日(土) 14:30〜17:00
- 会場:
- 大阪市立浪速人権文化センター
- 発表者 :
- 宮田洋輔氏(慶應義塾大学文学研究科)
- テーマ :
- 「著作」の理論と書誌的家系の諸相
- 出席者:
- 上野芳重(大阪市立大学大学院)、上原恵美(大阪大学図書館)、川崎秀子(佛教大学)、塩見橘子、城下直之(エスオーファイリング研究所)、末田真樹子(神戸大学図書館)、田窪直規(近畿大学)、鳥谷和世(神戸大学図書館)、堀池博巳、松井純子(大阪芸術大学)、村井正子(日本アスペクトコア)、村上健治(大阪大学図書館)、山野美贊子(帝塚山学院大学非常勤)、山本知子、渡邊隆弘(帝塚山学院大学)、宮田<16名>
書誌コントロールに関する概念モデルの提案等によって「著作」が注目されているという問題認識のもとに、「Smiragliaの著作の理論」「書誌的家系の実態調査」「著作同定における一貫性」の3つの側面から発表された。
1.Smiragliaの著作の理論
- R.P.Smiraglia(1952〜)の The Nature of "a Work" (Scarecrow Press, 2001)は、著作概念を総合的に分析した書である。以下、本書の内容を紹介する。
- Smilagliaの理論に大きな影響を与えているのは、P.Wilsonの書誌コントロール論である。Wilsonは書誌コントロールを、目録作成等の「記述的領域」だけでなく新たな知識の生産を行う「実効的領域」をも含むものと捉え、その帰結として著作を重要視した。またWilsonは、著作やテキストの間の派生的関係の総体を「書誌的家系」と呼んだ。本書2章では、17世紀のHydeにはじまり、Cutter、Verona、Lubetzky等を経てWilsonに至る著作概念の系譜がたどられている。
- 3章は「書誌的関連」を扱っている。書誌的関連はUNIMARC等にも現れるが、はじめて包括的に分析したのはTillettにより、「等価」「派生」「記述」「全体部分」「附属」「継続」「特徴共有」という7種の分類が示された。一方、著作は「観念的内容」「意味的内容」の両特性からなり、これらが変化することによって新たな関連著作が生み出されるとしたSmiragliaは、「書誌的家系」に注目してTilletの「派生関係」をさらに分析した(「同時派生」「継続派生」「翻訳」「抽出」「抽出」「改作」「実演」「先行」)。その後登場したFRBRについて、Smiragliaは「画期的な出来事」と評価しているが、階層的な視点という点でSmiragliaの著作概念とは相違点もある。
- 4章では、言語学・哲学・記号論・書誌学など、様々な領域の文献を引用して、広い視野から著作概念の考察を行っている。
- 5,6章では、書誌的家系に関する量的・質的調査研究をまとめている。
- まとめとなる7章では、著作を書誌宇宙のキー概念として、改めて「意味的あるいは記号的表現による実現によって認識される観念的思考を示す、具体的な集合」と定義している。
- 本書以降もSmiragriaは旺盛な研究活動を続けているが、最近では「書誌的家系」に類似する枠組みを「インスタンス化ネットワーク」と呼び、博物館やウェブなどとの相互運用をも視野に入れている。
2.J-BISCを用いた調査と比較分析
- Smiragliaは1992年の学位論文で、大学図書館蔵書を抽出枠とする書誌的家系の調査を行った。この調査では、各著作の抽出確率を等しくするために対象DB中に家系のより古いメンバーが含まれているものを除いて標本集合を構築するなど、研究手法の枠組みが確立された。以後の研究は基本的にその枠組みを受容している。
- 上記を含め、5つの先行調査がある(Smiragliaらによる米国の目録を対象とした研究が4つ、残る一つはPetekによるスロベニアの目録を対象とした研究)。いずれも抽出枠から得た標本サンプルについて、OCLC等の大規模目録を検索して書誌的家系の調査を行っている。抽出枠には、OCLC等の大規模目録を設定するものと、特定分野やベストセラーなど限定的な設定を行うものがある。
- 日本の図書館目録を対象として、Smiragliaの枠組みに準じた調査を行った。具体的には、J-BISCを抽出枠とする669件のサンプルについて、NDL-OPACとWebcat Plusを検索対象として書誌的家系の存在・大きさ・関連種別などを調査した。
- 書誌的家系が存在する(すなわち派生が存在する)ものは、全体の1/4程度であった。書誌的家系の大きさは半数以上が2(一つの派生著作を持つのみ)であるが、10以上のものも6%存在する。祖先著作の年齢と書誌的家系の存在・大きさには関係が見られるが、それほど強くはない。
- 関連の種別では、「継続派生」が6割程度を占め、「翻訳」が15%程度で続く。「拡張」「同時派生」「抽出」等は少ない。また、3種類以上の関連が現れるような複雑な家系は少ない。
- これらの結果は、海外の先行調査のうち、大規模目録(書誌ユーティリティ)を抽出枠とするものと同様の特徴を示している。書誌的家系の考え方は日本の図書館目録にも有効であり、ある程度の普遍性を示しているといえよう。
3.著作同定における一貫性
- 前項の調査の過程で著作同定作業の安定性も課題の一つと感じ、異なる目録作成者間での著作同定の一貫性の程度を明らかにする実験を行った。
- 本調査ではFRBRの著作定義を前提とし、FRBRに一定程度の関心を持ち、大学などで目録作成経験のある図書館員7名(平均目録作成経験は12年)を被験者として、課題著作の表現形・体現形をNACSIS Webcatから検索してもらった。索引語付与の一貫性研究に用いられる手法で、被験者間の一致度を数値化した。課題著作は、ノンフィクション2、フィクション3で、『学問のすすめ』『羅生門』など近現代の比較的有名な作品を選んだ。
- 実験の結果、目録作成者間での著作同定の一貫性は決して高いとはいえないことがわかった。FRBRの実践に向けては、概念の厳密化・明確化、より丁寧な規則・ガイドライン、作成を支援するツールの開発が必要である。
4.おわりに
- 著作を基盤とした検索システムの有効性については、図書館目録研究の成果を生かしてGoogleやAmazonではできない関連資料提示を行える可能性がある反面、多くの利用者には粒度が粗すぎるのではないかという懸念もある。検索の基盤としてはテキスト(表現形)を据え、オプションとして著作単位の表示を提供するのがよいかもしれない。
- 発表資料・参考資料(全てPDF)
- 当日使用のスライド(PDF版:発表者のWWWサイトに掲載)
- 宮田洋輔. 日本の図書館目録における書誌的家系: J-BISCにおける調査と先行研究との比較分析. Library & Information Science. 2009, no. 61, p. 91-117.
宮田洋輔「著作同定における目録作成者間の一貫性」 『三田図書館・情報学会研究大会発表論文集2009年度』, 2009, p. 57-60(PDF)
(記録文責:渡邊隆弘)