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情報組織化研究グループ月例研究会報告(2022.05)

「漢籍利用者の研究プロセスと利用者タスク:evidence-basedな目録規則を目指す試み」

木村麻衣子氏(日本女子大学文学部准教授)


日時:
2022年5月21日(土)14:30〜16:00
会場:
(Zoomミーティング)
発表者:
木村麻衣子氏(日本女子大学文学部准教授)
テーマ:
「漢籍利用者の研究プロセスと利用者タスク:evidence-basedな目録規則を目指す試み」
出席者:
荒木のりこ(大阪大学附属図書館)、伊藤真理(愛知淑徳大学)、今野創祐(京都大学)、江草由佳(国立教育政策研究所)、酒井由紀子(帝京大学)、佐藤久美子(国立国会図書館)、高久雅生(筑波大学)、高野真理子(大学図書館支援機構)、高柳紅仁子(株式会社トッカータ)、田島克実(株式会社トッカータ)、谷口祥一(慶應義塾大学文学部)、鴇田拓哉(共立女子大学)、徳原靖浩(東京大学附属図書館U-PARL)、長瀬広和、中道弘和(堺市立図書館)、中村健(大阪公立大学)、前川敦子(富山大学附属図書館)、光富健一(INFOSTA)、村上健治、森原久美子(秀明大学図書館)、渡邊隆弘(帝塚山学院大学)、和中幹雄、他1名、木村<24名>
配布資料:
https://drive.google.com/file/d/1F1WwqlTUAuR9BhZl6RkSiQM0ncju91Ml/view

1. はじめに

 目録規則に対しては従来、他者によって決められるもの、図書館にとっては与えられるもの、国際標準(これ自体が他律的なもの)に則るべきもの、変えられないもの、守るべきルールというイメージがあったように思われる。
 しかし、現在のRDAは、多くの選択肢(オプション)が示され、データ作成機関がその中から必要なものを選ぶものとなっている。また、IFLA LRMに則り(=利用者タスクに根差し)、しばしば更新され、守るべきルールではなく、大枠を揃えることで緩やかな標準化を目指すものとなっている。こうした概念は、今までの「目録規則」の定義には当てはまらない。
 ここで、利用者タスクとは、IFLA LRMでは、"広範囲にわたる書誌・典拠データの利用者のニーズ"を考慮の上で定義された、利用者の"情報検索プロセスの基本的な各側面を抽出"したものと定義され、「発見」、「識別」、「選択」、「入手」、「探索」の5つが挙げられている。利用者タスクの位置づけは、FRBR報告書からIFLA LRMに変わり、前方に記述が移行し、利用者タスクを重視するようになった姿勢が伺える。
 目録基準は利用者ニーズにどれだけ応えているかを評価することが必要であり、その基準はカタロガーの勘と事例証拠ではなく、利用者行動の分析に基づくべきであるという主張も存在する。
 FRBR系の「利用者タスク」については、「利用者タスク」に基づいて記録すべきエレメントを決めていく、という考え方を提示したことはFRBRの最大の美点であるが、その「利用者タスク」は、WGの図書館員(目録担当者)らが、これまでの経験に基づき設定していると思われる。目録担当者らの経験に基づいて「利用者タスク」を決めるならば、これまでの目録担当者の経験に基づいた目録作成と差異がないように思われる。IFLA LRMではマッピングを避け「ユースケース」を提示しているが、その根拠が「WGメンバーの経験」である点は変わらない。
 利用者タスクは、図書館員の経験から案出するのではなく、現実の利用者行動から根拠を持って確定させるべきであると考えられる。一方で、利用者タスクを、現実の利用者行動から抽出する方法は確立されておらず、全ての図書館のすべての利用者の一般的な利用者タスクを現実の利用者行動に基づいて抽出するのは相当に困難と考えられる。しかし、資料群を限定すれば多少はやりやすいかもしれない。また、一般的でない資料群の目録データのための利用者タスクと記録すべきエレメントは、LRMやRDAで充分に取り扱われてはいない。
 NCR2018における和古書・漢籍の扱いについては、NCR1987rev3の和古書・漢籍に関する条文が、内容の再検討は経ずに移行されている。少なくとも和古書・漢籍の利用者タスクが検討された形跡はなく、利用者タスクに根差していないのではないかという疑問が生じる。なお、日本国内の和古書・漢籍書誌データは標準化されておらず、標準的目録規則は存在しない。

2. 研究目的

 本発表では、ひとまず以下の研究目的の達成を目指す。

 また、長期的には以下の課題にも取り組む。

3. 研究方法

 13名に対しインタビュー調査をおこない、ドメインモデルを策定し、ユースケースを記述した。また、UMLのアクティビティ図を使用して研究プロセスを記述し、ユースケースから利用者タスクを確定した。

3.1 調査方法1―インタビュー調査

 2018年から2020年にかけて、研究者13名に対して1時間から2時間程度、クリティカルインシデント法を用いた半構造化インタビューによる調査を実施した。質問内容は@研究分野、A最近漢籍を探したり使用したりした経験について、a)その漢籍の書名、b)なぜその漢籍を必要としたか、c)その漢籍をどのように探したか、d)どのように使用したか、である。インタビュー内容を録音し、文字に起こし、一次コーディング(発言の意味するところを表すコードを付与)、二次コーディング(似た意味の一次コードをグルーピングし二次コードを付与)をおこなった。
 インタビューの感想だが、コロナ禍で非常に厳しくなったものの、研究室でお話を聞かせていただく方が、やりやすかった。昔の話はご本人も忘れているので、プロセスを聞き取りづらい面もあり、また、何名に話を聞いたらゴールなのか、最後までわからなかった。質的研究の場合、8名で充分という説もあるが、研究分野をある程度網羅したかった。今回は追加インタビュー2名から新しいタスクが出なかったため、完了とした。線装本の漢籍やその画像をイメージして調査をはじめたが、思った以上に影印本や標点本が使われており、研究分野によってはむしろ線装本は使わないことがわかった。

3.2 調査方法2―ドメインモデルの策定

 Rosenbergらは、ユースケースの記述にあたって、あらかじめユースケース作成の対象領域の物や概念を明確な用語で定義したドメインモデルを作成することを推奨している。ドメインモデルとは(対象領域における)概念モデルのことである。本研究ではIFLA LRMを一部改変して使用している。
 漢籍の目録データの概念モデルとして、中国では「著作」「版」「個別資料」の3層構造を採用している研究者が多いように見受けられたが、本研究では近代に入ってから出版された影印本や標点本をも含めた書誌的世界を表現するために「体現形」を残している。

3.3 調査方法3―ユースケース記述

 ユースケース記述はUML(統一モデリング言語)では定義されておらず標準化もされていない。Cockburnによるテンプレートが比較的標準的とされる(ただし、Rosenbergらは長すぎると批判している)。先行研究のユースケースの書き方も統一されていない。
 しかしCockburnのテンプレート通りに書くのは無理があった。Rosenbergらは、ユースケースから現実のプログラムのソースコードを導くICONIXプロセスを提案し、この中で、"過度に複雑化されたユースケーステンプレートは、不必要な作業を生み出す"とし、ユースケースは「基本シナリオ」と「代替シナリオ」のみを記述すればよいと提唱した。本研究では複数名が同じユースケースを共有するため、必要に応じて事前条件も記述するというユースケース記述上の工夫をした。本研究で記述したユースケースはオンライン上で公開している。https://www.evernote.com/l/ALAFG2NXLZhGprZTOrJFloWfA0tS3uBqeac/
 本研究では全30件のユースケースを記述した。

3.4 調査方法4―研究プロセス記述

 UMLのアクティビティ図を採用した。Thomerらによる「研究プロセスモデリング」の先行例がある。5人目くらいまでは全員分をまとめていたが、途中で困難を感じ、結局、プロセスを可視化する目的が果たせればよいと割り切り、1人に1図を作成し、ユースケースと照らし合わせながら見るものとした。

3.5 調査方法5―利用者タスク確定

 ユースケース名(30件)はそのまま利用者タスクとした。ユースケースとしなかった行為5件(研究対象を確定する、フィールドワークを行う、テキストを電子化する、テキストの内容を分析する、論文を書く)を含めると35件となった。しかし、ユースケースがそもそもインタビュー調査をまとめたものなので、インタビュー調査から直接利用者タスクとエレメントを抽出した結果を、次の論文で発表予定である。この場合、利用者タスクは今のところ39件で大差はなかったが、エレメントの抽出はこちらのほうがしやすかった。目録に記録されないエレメント(本文など)としか結び付かないタスクについては、削除予定である。

4. Evidence-based catalogingとは

 "目録作成における多くの基本的な理論に関する実証的研究の欠如"は1997年には指摘されていたが、Roederによれば、2008年のOn the record以後、Evidence-based cataloging(以下、本稿では「EBC」と略記)の語が頻繁に用いられるようになった。
EBCの先行研究として、例えばHider&Tan(2008)は、シンガポール国家図書館のOPAC利用者への調査により各エレメントが利用者タスクIdentificationとSelectionにどれだけ役立ったかを聞き、客観的に書誌レコードの質を評価する手法を開発した。また、Carterは、2006年のLCのシリーズ典拠廃止がもたらした影響やメリットの根拠が示されていないことをECBの観点から批判した。
EBCの問題点として、以下が挙げられる。各エレメントがどのくらい役に立っているかの評価について、記録すべきエレメントとそうでもないエレメントの決定、という手順を踏むには、すでにある程度充分なエレメントが提供されていることが前提となるが、日本の漢籍目録の場合、その前提を満たしていない場合があるので、この方法での検証は難しい。また、利用者に評価させる場合、エレメント自体に対する評価と、検索システムに対する評価の峻別が難しい。エレメントごとの要不要を各機関が根拠をもって判断し、記録の要否を決定することが望ましいため、目録規則の段階でEvidence-basedでありたい。

5. これからの目録規則に求められること

 利用者タスク(利用者ニーズ)ベースであることが、FRBRやIFLA LRMに則る以上、当然求められるだろう。
また、Evidence-basedであることも求められるであろうが、どうしたらevidence-basedになるのかは、まだ研究が必要であり、本研究が一例となれば良いと考えている。
なお、本研究はJSPS科研費18K18329および20H00013の助成を受けた。

 以上の発表を受けて、ユースケースの設定単位の粒度については色々な採用方針が考えられると思うが今回の採用方針はどのようなものであったか、ユースケースの相互関係は考慮しなくてよいのか、この研究ではユースケースとタスクはどのような関係性なのか、西洋古典籍に関しては利用者の行為プロセスを明らかにするような先行研究があるのか等の質疑があった。

なお、今回の月例研究会については、Zoomの映像を録画し、開催後一週間に限り、出席を申し込んだものの欠席された方にも、映像を配信した。

(記録文責:今野創祐)