情報組織化研究グループ月例研究会報告(2009.5)
書誌データかメタデータか:
図書館目録についての意味論的な一考察
和中幹雄
- 日時:
- 2009年6月6日(土) 14:30〜17:00
- 会場:
- 大阪市立難波市民学習センター
- 発表者 :
- 和中幹雄氏
- テーマ :
- 書誌データかメタデータか:図書館目録についての意味論的な一考察
- 出席者:
- 石井幸雄(ヒューリット・マネジメント・フォーラム)、大場利康(国立国会図書館関西館)、河手太士(大阪樟蔭女子大学)、故選義浩、小宮山珠美(佛教大学)、塩見橘子、城下直之(エスオーファイリング研究所)、末田真樹子(神戸大学図書館)、杉本節子(相愛大学)、田窪直規(近畿大学)、田村俊明(丸善)、津村佳子(大阪電気通信大学図書館)、中井万知子(国立国会図書館関西館)、西村隆(京都府立総合資料館)、馬場円果(大阪産業大学図書館)、堀池博巳、松井純子(大阪芸術大学)、松井宏、村井正子(日本アスペクトコア)、山野美贊子(帝塚山学院大学非常勤)、山本知子、横谷弘美(大手前大学図書館)、吉田暁史(大手前大学)、吉間仁子(国立国会図書館関西館)、渡邊勲(羽衣国際大学)、渡邊隆弘(帝塚山学院大学)、和中<27名>
目録分野では当たり前のように用いられながら、明確な定義の困難な「書誌」「書誌的」の用語について、歴史的経緯をたどりながらその本質を追究する発表であった。
1.メタデータと「書誌」
- 「メタデータ」の定義はいくつかあるが、「データの意味を記述あるいは代表するデータ」(『岩波情報科学辞典』)が最も簡潔かつ適切であると考える。
- 本発表では、図書館目録や書誌情報がメタデータの一類型であるという立場から、「書誌情報」「書誌レコード」「書誌データ」等に用いられるBibliographic(「書誌」あるいは「書誌的」)の意味を考える。すなわち、上述のメタデータの定義に照らせば、書誌データはどのような「意味」を「記述あるいは代表」するデータか、をここでの問いとする。
2.Bibliographicの語と目録規則
- 図書館政策的な用語として「書誌サービス(Bibliographic service)」等の語が使われることは1940年代からあったが、書誌情報・書誌データ・書誌記述・書誌レコード等、図書館目録の内容を示す意味合いでBibliographicの語が使用されだしたのは、それほど古いことではない。
- AACR2(英米目録規則第2版)では、用語解説で解説されるような基本的な用語としては使用されていない。Bibliographicの語が使用されるのは、(1)Bibliographic citations(書誌的引用)等、(2)Bibliographic history of item(資料の書誌的来歴)、(3)Bibliographic volumes(書誌的巻数)という3つの場合である。このうち(1)は、「(記述)書誌学的」といった意味である。(2)(3)は後述するFRBRの用法に近いが、(2)でBibliographicを冠されるのが「図書」「楽譜」の両章に限られるように、印刷物に限定して用いられている。
- AACR2の後継となるRDAにおいても、密接に関連する文献(ISBD、FRBR、MARC21等)と異なり、Bibliographicの語は頻出しない。ただ、何カ所かに現れるBibliographic recordsの他に、「書誌的関連(Bibliographic relationships)」などの新しい用法がみられる。
3.ISBDにおけるBibliographic
- ISBD(国際標準書誌記述)では、非図書資料(ISBD(NBM))や電子資料(ISBD(ER))においても例外とせず、Bibliographicの語が頻出する。
- AACR1でもAACR2でもほとんど使用されていないBibliographicの語が、図書館目録の内容を示す語に多用されだしたのは、ISBD制定を決定したコペンハーゲンの国際目録専門家会議(IMCE:1969)あたりからではないかと考えている(あくまでも仮説であり、会議録等で確認したいが文献がみつからない。ご存じの方は教えてほしい)。特に重要な点は、それまで標目(heading)と並び称された記述(description)の語に形容詞が付加され、「書誌記述(Bibliographic description)」という語が使用されたことである。
- その理由を考察するにあたって、ヴェロナとルベツキーの論説が重要と思われる。ヴェロナは論文"Literary unit versus bibliographical unit"(1959)においてファインディングリスト機能の対象となる図書(体現形)を「書誌的単位(Bibliographical unit)」と呼んだ。一方ルベツキーは論文"Ideology of bibliographic cataloging"(1979)において、伝統的な基本記入制の放棄やISBD採用によるAACR改訂を、コンピュータ目録の登場とともに現れたイデオロギー上の「退歩」であると批判した。
- 目録記入は標目と記述で構成され、基本記入は基本記入標目と記述で構成される、というのが伝統的な考え方である。ISBDは、目録の機能を実現させるための目録記入作成方法という意味をこめて「書誌記述(Bibliographic description)」という用語を使用したのではないか。これは、基本的に記述独立方式(title-unit entry)の考え方である。この場合にBibliographicの語を使用したのは、伝統的な記述書誌学をベースにした「転記の原則」を表現するためであったのではないか(この点についてもISBD策定開始当時の議論を確認してゆく必要がある)。
4.FRBRへの展開
- FRBR(書誌レコードの機能要件)では、そのスコープである「書誌レコード」を「図書館目録や全国書誌に記述される実体と結びついたデータの集合体」と定義づけ、ISBDでは明確でなかった意味づけを明確にした。
- FRBRでは、知的・芸術的活動の成果が「著作」「表現形」「体現形」「個別資料」の4実体からなる事象をBibliographicと呼んでいる。また、4実体それぞれに対して責任をもつ実体があることが、Bibliographicな事象の2番目の特徴である。
- このようなFRBRにおけるモデルを私流に解釈すると次のようになる。
- 著者(creator)が存在して著作が生まれるところを出発点とし、その後表現形・体現形・個別資料が、あるいは関連著作などが生まれるが、その際にはそれぞれの生成に責任をもつ実体がある。例えば編者・翻訳者・出版者などであるが、これらはすべて著作に対する「読者」であるともいえる。表現形・体現形・個別資料は、この意味での「読者」が存在しない限り成立しない。また、表現形以下の実体が存在しない限り、著作は存在しえない。FRBRでは、著者と読者の関係から成立する歴史的事象を記録したものを「書誌レコード」と呼んでいるのである。
- 写本と文書の相違は「読者」の有無にあるのではないか。写本は読者(書写者など)がいなければ存在しえないが、文書それ自体には読者は存在しない場合が多い。
5.おわりに
- 図書館が扱う資料は著者と読者の関係のなかで成立してきた資料であり、それらの関係も含めた歴史事象を記録するのが図書館目録であることを、FRBRは示している、と私自身は解釈している。
- 関連する発表論文(追記)
- 和中幹雄「図書館用語bibliographic をめぐって」『資料組織化研究-e』57, 2009.9
(記録文責:渡邊隆弘)