TOP > 月例研究会 > 2017 > / Last update: 2018.1.11

情報組織化研究グループ月例研究会報告(2017.11)

「FRBR普及に向けたアイデア」

千葉孝一氏


日時:
2017年11月25日(土)14:30〜17:00
会場:
大阪学院大学
発表者:
千葉孝一氏
テーマ:
FRBR普及に向けたアイデア
出席者:
荒木のりこ(日文研)、飯野勝則(佛教大学)、石田康博(名古屋大学)、今野創祐(京都大学)、川崎秀子、佐藤久美子(国立国会図書館)、高畑悦子、田窪直規(近畿大学)、竹村誠(帝塚山大学)、田村俊明(紀伊国屋書店)、西村一夫(大阪芸術大学)、堀池博巳、松井純子(大阪芸術大学)、松山巌(玉川大学)、宮沢厚雄、渡邊隆弘(帝塚山学院大学)、和中幹雄(大阪学院大学)、千葉<18名>

1.はじめに

 発表者は図書館計画の中で人材育成・研修強化を担当していた。現在、策定が進行している新NCRはFRBRを理解していなければ理解できない。だがFRBRの議論は抽象度が高く、そのままでは理解が困難である。そこで、FRBRの研修・講習は可能なのか、どのように普及すべきか考察した。

2.FRBR普及の問題

 既にRDA講習が行われてはいるものの、それはFRBRの応用段階であり、その前の助走が必要となる。また公開されている「すばらしいFRBRの新世界」1)はそれ自体、解釈が難しい。
 FRBR普及には3点の問題が立ちはだかる。モチベーションの問題、モデルの問題、基礎概念の問題である。
 モチベーションの問題としては、MARCの存在が大きいことや普及した電子書籍が現状の紙の書籍を模倣するタイプであるため、FRBRを習得する必要にせまられていない、ということが挙げられる。
 モデルの問題としては、理系用語の難解さが挙げられる。例えば、「意味論的モデル」、「実体 関連分析」といった用語である。これらを把握するのには一般的には困難を伴う。
 基礎概念の問題としては、FRBRの根幹をなす概念「work」2)「表現形」「体現形」「個別資料」を理解することの必要性が挙げられる。

3.モチベーションの問題に対して

 過去に、フロッピーディスクに保存された一度しか読めない『アグリッパ(死者の書)』3)という資料が話題を集めた。一度読まれて、内容が自動的に消去されてしまったフロッピーディスクは、もはや図書館の収集対象ではない。博物館もしくは美術館の範疇となる。『アグリッパ(死者の書)』は、図書館の収集対象が「容器」ではなく、あくまでも「コンテンツ」であることを明示した。今後、「容器」と「コンテンツ」を分離するFRBRモデルが必須知識となることが、そこから分かる。

4.モデルの問題に対して

 「モデル」とは実在のシステムを単純化した模型のことである。「意味論」は説明するのに時間がかかるが、なぜFRBRが必要かを知るためには「意味論的モデル」を説明するのが結局一番の近道となる。また、「実体関連分析」には10の「実体(entity)」4)がある。だが実際は、「実体」とみなしているだけで中身は「データ」なのである。理系・情報系では当たり前かもしれないが、一般向けのFRBRの説明では、その点を強調する必要がある。

5.基礎概念の問題に対して

 「すばらしいFRBRの新世界」では、先の基礎概念が「書物」を例として説明されている。
 第一の解釈として、「テキストが記された物理的ものを指」し、これを「個別資料」と呼んでいる。
 第二の解釈として、「同一のテキストが記された一群の物理的ものを指」し、これは「『出版物』という観念に近いもの」とする。
 第三の解釈として、「記されたテキストを指」し、FRBRでは言語によらない音楽や地図、画像も参照するために「表現形」という用語を使っている。
 第四の解釈では、「記されたテキストの中に表現された思想(ideas)を指」し、テキストと翻訳、様々なバージョンに関わらず同一とみなされる者の間の関連を確立する。FRBRでは「work」という用語を用いる。
 ではこれら4つの概念をどう理解すべきだろうか。「すばらしいFRBRの新世界」のように、「書物」を例にするのは得策ではない。まず、「体現形」と「個別資料」について、車で例えると「体現形」は車種である。「個別資料」は展示車・試乗車・自分の車等で、「資料番号」は車のナンバーだと説明できる。
 次に「表現形」だが、ここで「テキスト」とは何か、という問いが出てくる。FRBRに関しては「文字の羅列」という解釈が有力となる。しかし、文字やサウンドは抽象物なのだろうか。互いに異なる様々なフォントは、それでも同じ「A」だと認識される。文字は物理物だが、人々が感じ取っているものは抽象物なのである。同様に、サウンドは物理物だが、ミュージックはそれとは別物であり、それが「表現形」(抽象物)である。このように「テキスト」(「文字列」)を「表現形」の説明に用いるのは、誤解を招く可能性が高い。
 「work」と「表現形」の関係性について、二つの図式が考えられる。ひとつは「work」を起源に置き、「表現形」がそれに形式を与えて「実現」するという考え方であり、もうひとつは「work」を様々な「表現形」の「共通性」ととらえるものである。FRBRは前者の図式を重視する傾向が強いが、発表者は後者を優先すべきだと考える。
 図書館(書誌作成者)は利用者と同様、様々な「表現形」の向こうに、共通性としての「work」を見出す。例えば、バッハの書いた楽譜は演奏(トークン)の指示書・設計図であり、あくまでも「表現形」の一つに過ぎない。楽譜や演奏=「表現形」の共通性としての「work」は、図書館(書誌作成者)が事後的に見出し、設定するものなのである。
 テキストは古来より固定されないものであった。琵琶法師や吟遊詩人が語る物語が例である。グーテンベルクの印刷技術により、テキストは紙に固定され、後世にくだってから著作権の概念が現れる。しかし、電子の世界では書き換えが容易にできる。「コンテンツ」の変動が当たり前の世界に回帰が始まっているのであり、FRBRモデルの必要性もそれに応じてますます増加しているのである。

1)パトリック・ル・ボフ,バーバラ・ティレット改訂
 「すばらしいFRBRの新世界 第4版」国立国会図書館デジタルコレクション,2006.8
 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1001019
2)日本図書館協会による翻訳では「著作」と訳されているが、違和感があるためあえて訳さずにそのまま使用する。
3)現在はインターネット上で全文を読むことができる。
 William Gibson『AGRIPPA (A Book of The Dead)』
 http://www.williamgibsonbooks.com/source/agrippa.asp
4)発表者から10実体の中に「時間」がないことについて指摘があり、フロアより、新しいモデルであるFRBR-LRMでは最上位の実体として「Res」が新設されたこと、その下に10実体が定義され、「Agent」「Nomen」「Place」「Time- span」を新設、概念・物・出来事・場所は廃止されたことの説明があった。

(記録文責:荒木のりこ 国際日本文化研究センター)