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情報組織化研究グループ月例研究会報告(2018.6)

「国際社会の中での日本のデジタルアーカイブ:新日本古典籍総合データベースの海外ユーザー調査から」

井原英恵氏


日時:
2018年6月23日(土)14:30〜17:00
会場:
大阪学院大学
発表者:
井原英恵氏
テーマ:
国際社会の中での日本のデジタルアーカイブ:新日本古典籍総合データベースの海外ユーザー調査から
出席者:
荒木のりこ(日文研)、飯野勝則(佛教大学)、池松果実(大阪大学付属図書館)、稲葉洋子、今野創祐(京都大学)、江上敏哲、大西賢人(京都大学付属図書館)、川崎秀子、川畑卓也(奈良県立図書情報館)、木村麻衣子(慶応義塾大学)、古賀崇(天理大学)、小村愛美(大阪大学)、小山荘太郎(三重大学付属図書館)、末田真樹子(神戸大学)、田窪直規(近畿大学)、田中志瑞子(神戸大学附属図書館)、田村俊明(紀伊国屋書店)、徳田恵理(紀伊国屋書店)、畠中朋子(国際交流基金関西国際センター図書館)、花ア佳代子(神戸大学附属図書館)、花田謙一(EBSCO)、堀池博巳、前川敦子(滋賀医科大学図書館)、前田哲治(元・神戸大学付属図書館)、松井純子(大阪芸術大学)、六車彩都子(大阪大学付属図書館)、森藤恵子、渡邊隆弘(帝塚山学院大学)、和中幹雄(大阪学院大学)、他2名、井原<32名>

 まず初めに発表者から自己紹介があり、続けて、日本のデジタルアーカイブ(以下、本稿では「DA」と表記)はデジタル化および国際化に対応する必要性があるものの、どうやって、どのくらい対応するべきかが問題であること、また、デジタルアーカイブの本発表での定義(メタデータとその検索機能のみではなく、資料をデジタル化したコンテンツを持つアーカイブ。特に、文化をコレクションの対象とするアーカイブ)、本発表の概要が語られた。

1.デジタル化と国際化

 ここでのデジタル化とは、保存・オンライン上での公開等を目的として、資料をデジタル画像化することを意味する。オンライン上で公開することにより、世界からアクセス可能なコンテンツとなり、サービス対象が広がる。ここでの国際化とは、資料を、日本という共同体に属する人以外にも提供することを意味する。サービス対象を異なる言語などの背景を持つ人にも広げることは、やはりサービス対象の広がりを意味する。
 デジタル化の現状と課題として、まず、著作権の動向と問題が挙げられる。孤児著作物の問題や、2019年1月の改正著作権法施行に見られるDAの利活用促進の動き、TPP関連法案が成立した場合、著作権保護期間が著作者の死後70年に延長されることなどがポイントである。次に、資料の利用ライセンスがクローズアップされている。利用ライセンスとは、二次利用の範囲・方法を規定したものであり、クリエイティブ・コモンズ(CC)などのパブリック・ライセンスの活用が促進されており、オープンデータ化の動きがある。最後に、DA情報の集約の必要性がある。各機関・地域・分野それぞれにDAを構築した場合、提供者側の問題としては各機関での体系的な知識・経験の不足が起きることが挙げられ、利用者側の問題としては検索と閲覧に手間がかかることが挙げられる。
 国際化の現状と課題としては、まず、データ規格の共通化の推進が挙げられる。情報の管理・発見・交換のために、互換性の高い共通規格が必要となり、国際規格が普及した。そうした共通規格の具体例として、画像データの共通規格であるIIIF、テキストデータの共通規格であるTEIが挙げられる。次に、多言語、特に英語の対応が挙げられる。日本における主要なDAのウェブサイトにおいては、扉のページのみ英語版を作っているところもあれば、ほぼ完全なバイリンガル対応が済んでいるものもある。ウェブサイトのどの個所をどこまで多言語化(英語化)するかは考えどころである。最後に、国を超えた連携の問題がある。複数国をまたぐプロジェクトは十分に多いとは言えない。
 個々のDAを運営する現場におけるデジタル化・国際化への対応は、どうやって、どのぐらい実施するべきかが悩みどころとなっている。

2.ユーザーエンゲージメントの重要性

 現在、イギリスにおいては様々なDA事業が進められている。Edtech (教育におけるテクノロジーの活用)などのデジタル化の推進の動向、National Archiveなどのデジタルアーカイブの発展もそれに関連している。しかし、実施には多くの失敗もあり、目的、コンセプトを設定し、その達成のための目標、行動、成果を整理し、コンセプトの見直しをするという一連の流れが起こった。イギリスのDA事業は試行錯誤の末の現状であるが、成功事例のみならず試行錯誤からも学ぶことがあるだろうと言える。ではDAの成功の鍵とは何か。Marchioniによると、2004年から2009年の47のデジタル化プロジェクトを分析した結果、成功したDAの鍵の一つとして、ユーザーとの適切な関わりがあることがわかった。Dobrevaらによって2012年に書かれた図書「User studies for digital library development」では、DAの発展を振り返っても、DAの制作者はユーザーに対して限定された理解しかしていなかったのでは、という反省を込めた問題提起がなされている。ここで2009年にMarchioniが提唱した概念がユーザーエンゲージメント(User Engagement)である。これは、ユーザーはDAを一緒に作るパートナーであると考え、資料の選定やDAコンテンツの活用の段階ではなく、DA計画の段階からユーザーをDAのライフサイクルの中にとりこんでいこうとする考え方である。ユーザーに活用されるDAとは、ユーザーからのニーズがあるコンテンツを含み、ユーザーの利用方法に適したシステムであり、ユーザーが活用するのに必要な規格・ライセンスで作られた、「ユーザーが活用できるDA」である。まずユーザーのニーズを知るために、答えを持たない問いを立てることから始めることが重要である。
 以上の考え方に基づき、発表者は新日本古典籍総合データベースの海外ユーザー調査を開始した。新日本古典籍総合データベースとは、国文学研究資料館が提供する日本の古典籍のポータルサイトである。このデータベースでは、国書総目録から日本古典籍総合データベースに移行した既存の書誌を取り込む一方で、2023年度末までに30万点の画像データを取り込んだ、日本の古典籍を対象としたDAである。古典籍は文化機関では貴重書、宗教機関では宝物として扱われ、ユーザーは現物資料の閲覧において時間や労力等を必要とし、時には利用の制限を受けるなどするため、古典籍を用いた研究には様々な障害が伴う。また、日本の古典籍の特徴として、著者や読者による改訂などの結果、本文の異同が多いため、作品の元の姿を辿る吟味が必要であり、諸本の比較が重要となる。新日本古典籍総合データベースは国内外の諸本をデジタル化しDA上で提供しているため、管理上のメリットとしては閲覧による資料の劣化の回避できること、利用者側のメリットとしてはオンライン上で諸本の比較が可能であることなどが挙げられ、ポータルとしてのDAが研究に大きく寄与していると言える。新日本古典籍総合データベースは、2014年から始まった国際共同研究ネットワーク構築計画において推進されている、古典籍を利用した国際共同研究の研究基盤となっている。そのため、このデータベースは海外ユーザーもターゲットユーザーとして想定している。本研究テーマの意義としては、何らかの知見が得られれば、次回のアップデート時に行かせる可能性があることなどが挙げられる。本調査研究は、海外ユーザーを対象としたオンラインアンケート、DA提供機関(国文学研究資料館)へのインタビュー、本公開版と今後の展開に向けた提案からなる。アンケート調査の対象は学術的利用を行っているinternational usersであり、依頼の方法として日本研究の学会メーリングリストを使用し、また、日本学研究者に直接メールを送るなどした。質問項目は回答者の属性、認知度、使い勝手、感想、改善希望、今後の活用である。インタビュー調査の対象は国文学研究資料館の担当部署職員であり、依頼方法はメールでの質問と回答である。調査項目は海外ユーザーとの関係構築方法、他のDA/データベースとの相互運用性、教育への活用、プロジェクトの継続性、回答者の見解である。調査の結果、以下の回答結果が得られた。アンケート回答者は65名である。

以下、ユーザー一般の調査結果である。

以下、海外ユーザーの調査結果である。

 以上の回答結果からは、ユーザーだからこそ気がつく点やDA開発・提供者ではないからこそ提案できるアイディア、有益な副次的情報があり、ユーザーからの学び、ユーザーエンゲージメントの重要性を確認した。本研究の反省としては、小規模な調査に留まったこと、アジアの日本研究者の不参加、応えの予測される質問が多かったこと、エンゲージメントまで至らなかったことが挙げられる。本研究に基づいた提案として、ユーザーへのインタビューをすること、フォーカスグループ調査との組合せを行うこと、よりオープンな問いを立てること、協働でDAを育成することが挙げられる。

3.国際社会の中でのデジタルアーカイブ

 DAの宿命として、生まれながらにDAは国際性を持っている。ユーザーは世界に存在するため、どのような海外ユーザーと関係を作ればよいのか、まずエンゲージしたい海外ユーザーについて考える必要がある。
 海外における日本研究は、海外における日本情報の核の一つであり、アカデミア・専門家という付加価値のつけられた情報であるため、英語および各地の言語で正確に情報を発信することができる。日本の文化を各地でローカライズすることが重要であり、これはすなわち、その土地の文化に合わせることを意味する。受信者の心に届くストーリーにし、また受信者から学ぶことによって文化のローカライズは実現する。また、日本文化を他の文化と比較し、他の文化との交流を促進することも重要である。
 他に、海外ユーザーとの交流も重要である。ユーザーと交流するためのプラットフォームを作るためには、そのプラットフォームがユーザーに近づき、ニーズを引き出せる場所となることが重要であり、情報が常に入ってくる仕組みを整え、デジタルツールを活用すべきである。

4.まとめ

 個々のDAの課題として、デジタル化・国際化への対応、限られた予算、人材、時間、未知数のメディア等が挙げられる。これらの課題があるからこそ、戦略的な方策が必要である。そのためにはユーザーエンゲージメントが鍵となる。ユーザーに眼を向け、国内および海外のユーザー視点に立ち、ユーザーのニーズに応えることでサービスの原点を見直したい。このことこそが活用されるDAを生み出すだろう。
 以上の発表を受けて、ユーザーエンゲージメントの範囲および概念について、成功したDAの定義と具体例について等の質疑があった。

(記録文責:今野創祐 京都大学文学研究科図書館)

参考文献:
Hanae Ihara. What are the challenges of presenting Japanese cultural memory through digital archives? : the potential of the Database of Pre-modern Japanese Works for international Japanese studies.
https://dagda.shef.ac.uk/dispub/dissertations/2016-17/External/Ihara_H.pdf (約4.5MB)

https://dagda.shef.ac.uk/dispub/dispub_bib_web.asp?doctype=ANY&author=ihara&title=&yearfrom=&yearto=&journalname=&program=ANY&webonly=N&biblio=N&submit=SEARCH+THE+DATABASE