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情報組織化研究グループ月例研究会報告(2021.02)

「本の図書館目録における「著作」:抽象的実体の操作的具体化にかかわる問題の検討」

橋詰秋子氏(実践女子大学短期大学部)


日時:
2021年2月13日(土)14:30〜16:30
会場:
(Zoomミーティング)
発表者:
橋詰秋子氏(実践女子大学短期大学部)
テーマ:
「本の図書館目録における「著作」:抽象的実体の操作的具体化にかかわる問題の検討」
出席者:
荒木のりこ(大阪大学)、石澤文(国立国会図書館)、石田康博(名古屋大学法学部アジア法資料室)、今野創祐(京都大学)、江草由佳(国立教育政策研究所)、岡村真衣(皇學館大学文学部国文学科4年)、蟹瀬智弘(紀伊国屋書店)、川崎秀子、木村麻衣子(日本女子大学)、小林久美子(国立国会図書館)、塩見橘子、柴田正美(三重大学名誉教授)、下山佳那子(八洲学園大学)、田窪直規(近畿大学)、田辺浩介(物質・材料研究機構)、千葉孝一、徳原靖浩(東京大学附属図書館)、中道弘和(堺市立図書館)、中村健(大阪市立大学)、福田一史(立命館大学)、福永智子(椙山女学園大学文化情報学部)、松山巌(玉川大学)、光富健一(情報科学技術協会)、村上一恵(国立国会図書館)、山下秀敏(図書館スタッフ株式会社)、山本宗由(愛知県立芸術大学)、横谷弘美、渡邊隆弘(帝塚山学院大学)、和中幹雄、他1名、橋詰<31名>

1. はじめに

 「著作(Work)」のFRBRにおける定義は"個別の知的・芸術的創造"である。この概念は知的成果物の組織化ツールである目録の核であり近代目録法における基礎的要素だが,抽象的で非物質的な書誌的実体を手元の資料(物質)から見出すことによって形成される。そのためこの「著作」という概念は分かるようで分からない興味深いものであり,発表者はこの概念に関連する内容の博士論文を執筆した。

2. 著作とは何か

 19世紀にはじまる近代目録法の発展に伴って書誌的要素の重要性は認識され始めたが,Cutterによる目録の目的ではまだ明確な「著作」という用語は無かった。Lubetzkyによる目録の目的で目録の記述対象には二元的な性質(「版」と「著作」)があることが指摘され,パリ原則による目録の機能で著作概念とその機能が国際的な共通認識となった。その後FRBRにつながる研究が進展し,Domanovszkyは著作は実際には資料(具体化物)の集合体として現れるという考え方を示し,この考え方は,以降の実証研究に裏付けられて,著作を現実の検索システムに組み込む操作的な方策に対して理論的な土台を提供した。Wilsonは動的な連続体という著作の特質を提示しこの考え方も以降の実証研究に裏付けられて著作の操作的な同定識別手法に対して理論的土台を提供した。Tillettは2つ以上の資料のつながり=書誌的関連に着目し,一部の関連を著作の境界線を示す図に整理した。Smiragliaは,Wilsonがいう著作ファミリーは「派生関連」で形成されているとし,派生関連のさらなる精緻化を進め「書誌ファミリー」を提唱した。これらの研究成果がFRBRに結実し,FRBRは,あいまいであった著作概念を明確に定義した。FRBRにおいて著作は"個別の知的・芸術的創造"と定義され,概念モデルの核となる第1グループの最上位の実体となった。"ある著作と他の著作の境界をどこに置けばよいかについての考え方は,事実上,文化の違いによって異なり得る。"という考え方をFRBRは採用している。FRBRの後継モデルであるIFLA LRMでは著作は「個別の創造の知的または芸術的コンテンツ」と定義されている。

3. 博士論文の著作研究(論文の概要)

 博士論文の研究では,日本の目録において著作活用がどの程度有効か,著作の活用を妨げる問題は何かを探ることを目的とし,複数の議論レベルから調査分析し,「操作的具体化」の観点から統合的に検討した。先行研究から著作の議論レベルを抽出し,どの程度抽象的な議論か具体的な議論かを明確にした。抽象的な実体の「操作的具体化」とは,議論のための用語として,発表者が独自に設定したものであり,著作の概念的定義に基づいて操作的な定義を設定し,それに依拠してツール類が作成され目録作成作業が行われることを意味する。記述規則レベルの研究についてのみ,本発表では取り上げる。

4. 日本目録規則における著作:RDAとの比較分析

 研究対象は日本目録規則1987年版 (NCR1987),日本目録規則2018年版 (NCR2018),Resource Description and Access (RDA)である。リサーチクエスチョンは以下の3つである。

RQ1:NCR1987の著作の扱いは,RDAと比べて,どの点で異なるのか
RQ2:NCR2018の著作の扱いは,RDAと比べて,どの点で異なるのか
RQ3:NCR2018における著作の扱いには,どのような問題があるのか

 上記の操作的具体化の問題を探るために,「著作の同一性の操作的定義」(著作単位のコロケーション(集中)機能を実現させる基準と手法)にかかわる規定を分析した。
 まず同一著作集合の形成について分析した。特徴として,RDAは著者性の重視が見られた。NCR1987は著作単位のコロケーション機能を包括的に実現することができないことが挙げられる。NCR2018はRDAと同様だが,創作者の比重が低く代わりにタイトルを重視する傾向があった。
 次に著作の境界線について分析した。RDAでは「改訂・改作」か「注釈・解説・図等を追加したもの」かの判断にカタロガーによる知的判断が必要となる。NCR1987は「改訂」か「(解釈)・評釈・注釈」か,規定によって同一著作か否かの扱いが異なる。NCR2018の境界線はRDAと同様である。
 まとめるとリサーチクエスチョンへの回答は以下の通りである。

RQ1:NCR1987の著作の扱いは,RDAやNCR2018と比べて独自でありこれは日本のレガシー目録データの課題となる。
RQ2:タイトル重視など,異なる部分もあるが,RDAとほぼ同じであり,適用後は,英米と同程度に著作を扱える目録データになる
RQ3:著作の判断基準にカタロガーによる知的判断が必要な部分が存在する。

5. "著作のあいまいさの問題"の検討

 見直し後の記述規則レベルの規則にも「著作のあいまいさの問題」が部分的に残る。これは抽象的実体である著作を操作的具体化する際に生じる根源的な問題でありNCR2018だけなくRDAにも言える。何故,著作の同定基準を完全に明確化できないのか。著作の本質は変化しうる動的な連続体であり,あいまいさが残るのは著作の本質に由来する当然の帰結であると言える。著作のあいまいさへの対処をカタロガーの知的判断に委ねているのは何故か。その理由として,英米では目録作成はサイエンス(理論的・科学的な法則性と実用的な目的との間を調整する手法)よりもアート(経験や研究,観察によって得たスキル)に近い行為と考えられてきたからではないかと思われる。カタロガーの知的判断こそが目録作成の「アート」の部分ではないだろうか。一方でFRBRなどの目録見直しの取組は目録作成の「サイエンス」部分を助長していると言え,「アート」と「サイエンス」のせめぎあいの中に見直し後に残る著作のあいまいさの問題が生じていると言える。しかし日本のカタロガーはこの種の知的判断の経験が少ない。NCR2018の適用により目録データの著作機能向上が進むがその十全な適用には日本のカタロガーを支援する方策が必要である。

 以上の発表を受けて,発表で使用された基本的な用語の意味内容について,最新の目録見直しの取組について,著作という概念の意義について等の質疑があった。

(記録文責:今野創祐)