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情報組織化研究グループ月例研究会報告(2022.10)

「戦前の日本における音楽分野の図書館分類」

山本宗由氏(愛知学院大学非常勤講師)


日時:
2022年10月22日(土)14:30〜16:00
会場:
(Zoomミーティング)
発表者:
山本宗由氏(愛知学院大学非常勤講師)
テーマ:
「戦前の日本における音楽分野の図書館分類」
出席者:石田康博(名古屋大学法学部アジア法資料室)、今野創祐(京都大学)、 加藤信哉(NPO法人知的資源イニシアティブ)、金井喜一郎(相模女子大学)、小林康隆、 高柳紅仁子(株式会社トッカータ)、田窪直規(近畿大学)、田島(株式会社トッカータ)、 徳原靖浩(東京大学附属図書館U-PARL)、楢崎羽菜、藤倉恵一(文教大学越谷図書館)、森原久美子(秀明大学図書館)、和中幹雄、他3名、山本<17名>

1.はじめに

発表者から自己紹介があり、自身のこれまでの業務や研究の内容が紹介され、本日の発表の概要、参考文献が示された。出発点は南葵音楽文庫(1918〜)の研究であったが、藤倉恵一氏の著書『日本十進分類法の成立と展開』(樹村房, 2018年)との出会いから音楽に関する資料の分類史の研究を始めることとなった。

2.西洋音楽受容の背景

正確に論じるならば細部において議論があるが、現在につながる日本への西洋音楽の流入は江戸末期から明治期にかけて始まった。軍楽隊や雅楽伶人(宮廷での演奏者)における西洋音楽の導入、音楽教育の開始、外国人居留地での西洋音楽の演奏活動が背景にあった。

その後、明治期後半から大正期にかけて、日本人演奏家の成長、国産楽器の製造、レコードの登場(1925年〜ラジオの登場)、歌謡曲(西洋音楽的要素を持った新しい大衆音楽)の登場など、西洋音楽による文化が発展した。その結果、西洋音楽に関する音楽書の出版が活発になり、西洋音楽に関する書籍の出版点数が増加していった。日本で図書館が作られはじめた頃は邦楽に関する資料の方が多かったが、昭和期以降は洋楽の資料の点数が上回るようになった。図書館と西洋音楽はどちらも西洋から来たものであるため当然のことではあるが、図書館分類と西洋音楽文化の黎明期は重なり合う時期であった。

3.NDC登場以前の音楽分類

西洋音楽が日本にほぼ無かった時代の分類として、帝国図書館における『東京書籍館目録』(1876年)があり、音楽に関する分類は邦楽のものがみられる。時代が進み、30年後に作られた『帝国図書館分類』(1906年)を見ると、邦楽の分類を基本としつつも西洋の音楽の理論書が混ざって分類されていたことがわかる。また、わずかではあるが「ヴァイオリン」などの洋楽器の分類が登場している。

公共図書館でみると、例えば山口県立山口図書館の『山口図書館和漢書分類目録』(1910年)でも西洋の音楽の要素がみられ、歌劇や洋楽の分類が存在している。1910年代の公共図書館における音楽資料に関して、発表者は国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧可能な38件の目録を対象に、音楽資料の所蔵と分類を調査した。その結果、図書館によって差はあれど、音楽資料を所蔵している図書館が一定数あったことがわかった。分類別の所蔵数を見ると、持っている冊数もバラバラであり、分類も統一されず、洋楽と邦楽を分けていない図書館も多い。楽譜と楽器については実用面から分類を分けている図書館が多いが、理論書については混在させている図書館が多い。

まとめると、図書館の音楽分類の傾向は、徐々に西洋音楽の要素がへ取り入れられていったが、移行期の分類では和洋の区別があまり明確ではなかったことがわかった。1920年代から30年代にかけては、日本社会全体においてもさらに西洋音楽が普及して、邦楽よりも西洋音楽が主流になっていった。

4.NDC1〜5版の音楽分類の変遷

NDCの変遷を見ると、大きく変化しているのは第1〜3版である。2版以降、楽器について細かく分類が分かれるようになっている。邦楽と支那楽以外は、DDCの分類から影響を受けていることがわかる

NDCにおける音楽分類の作成に影響を与えたと考えられる文献に「?ニ於ケル音樂圖書及樂譜ノ取扱イ方」(1931年1月『?研究』4巻1号)がある。ルース・ウォレースが1927年に発表したものを間宮博が翻訳した。この文献は、発表されたアメリカでも、ここまで音楽資料の扱い方を体系的にまとめたものはなかったと高く評価され、当時としては最先端のものであった。文献内の分類の項では、主に音楽書と楽譜の分離を推奨している。現在でも音楽大学の附属図書館などでは音楽書と楽譜を分離して分類しているところも多く、楽譜については独自の分類を作らないとうまく分類できない場合も多い。この文献は日本の音楽図書館業務に関する最初の文献としてこれまで評価されてきた。しかし、これまでNDCとの関わりという観点から言及されることはなかった文献であった。なお、この文献を翻訳した間宮については資料は乏しく、どのような人物だったかがほとんどわかっていない。他にもいくつか翻訳した文献が残されていることから、語学には精通していたはずだが、音楽の知識量は不明である。

NDCの音楽分類(760)について、詳細に実際の変遷を見ていくと、現在では761に入っている理論や762に入っている歴史も、この時代は760に入っていることがわかる。760の特徴として、理論(760.1)は西洋音楽をベースとしている。重要なのは第4版から登場した「楽器及楽譜(一般)」(760.9)において、“M”をつけることで楽譜を分離する指示が現れたことである。

次に(761)について、現在は理論の項目だが、この時代は邦楽についての項目である。邦楽は日本独自のものであり、演奏ジャンルと楽器に関する分類が混在していることが挙げられる。能楽などは演劇へ分離しており、演劇と音楽が一体化して切り離しにくいものをどう切り離すか苦慮した形跡が伺える。他に、「新日本音楽」のような、当時の音楽界の動向を反映した項目ができているのも注目される(新日本音楽とは、1920年代の邦楽の新しいムーブメント)。現在のNDC第10版にもこの項目は残っているが、それ以降の邦楽の新しい動きは残念ながらNDC第10版にはほぼ反映されていない。

声楽、鍵盤楽器、弦楽器、打楽器といった楽器ごとの分類に関しては、現在のNDCに近い分類になっている。また、楽器による分類と音楽ジャンルに関する分類(劇音楽、宗教音楽、器楽合奏)が同列となっている。NDCの音楽分類(765)は第2版以降、器楽合奏であるが、特定の楽器の項目に収められないものは、この項目に収められている。

NDCの音楽分類の6版以降の大きな変化として、760に集約されていた音楽理論、音楽史等を分離し、761を音楽理論に、762を音楽史にしたことが挙げられる。また、分離していた各楽器を集約し、763を楽器に、764を器楽合奏にしたことが挙げられる。

5.現在のNDCの音楽分類

NDC10版の音楽分類を見ると、西洋音楽(特に芸術音楽)の側面が非常に強く、音楽ジャンルによる不均衡が生じている。また、音楽と演劇での分離が生じており、NDCが最初に参考とした旧DDCをもとにした分類が今でも継承されている。以下、各点についてより詳細に論じる。

ジャンルによる不均衡については、例えばポピュラー音楽の問題(764.7と767.8)がある。音楽のジャンルによっても重視される要素が異なるが、現行のNDCでは器楽か歌か選ばなければならないが、ポピュラー音楽の資料の場合、歌と楽器が分離している必要がない場合も多い。また、図書館によってはポピュラー音楽系の書籍の方が多い場合もあるが、数あるポピュラー音楽のジャンルがひとまとめにされていることも問題としてある。

音楽と演劇での分離も弊害が生じている。能楽や歌舞伎などは音楽と劇との関係が切り離せない(歌劇やミュージカルも同様)。利用者としては資料が一か所にまとまってほしいところだが、分離されたことで、両方の配架場所にて資料を探す必要が生じる。

現在のNDCの音楽分類では、初期のNDCが参考にした旧DDCの影響がある。具体的には、器楽合奏(764)、宗教音楽(765)、劇音楽(766)があるが、これらの分類は現代日本でも適切なのだろうか。例えば、宗教音楽は西洋音楽のベースであり、西洋では非常に重要なジャンルとされているが、日本でも1つの分類として立てるべきなのだろうか。音楽大学等の専門的な図書館で分類がなされる際は良い効果があるかもしれないことは否定しないが、利用者にとってのメリットは少ないのではないだろうか。また、歌劇(766.1)も声楽(767)に分類する方が適切ではないか。

今までは公共図書館の話も含めて図書館全般についての話であったが、音楽図書館においても音楽書はNDCが使われている場合がある。また、音楽大学の学部学科の変化(ポピュラー音楽系の学科の新設など)は選書にも影響するが、現在のNDCで対応できるのだろうか。

NDC10版の音楽分類の、NDC9版からの変化は、763.93(電子音楽)の新設以外にほぼ変化がない。今後もこのままの形が継続されるのだろうか。NDC1〜5版の変遷をみていくと、短い期間でよく吟味され、改良しようとしていたことが感じられる。もちろん現在のNDCはそう簡単に改変できるものではなくなってしまったのだが、過去の精神に学び、より良いNDCのあり方を常に検討していく必要はあるだろう。

 

以上の発表を受けて、NDCはそもそも専門図書館の分類に対応する必要があるのか、NDCは音楽の専門図書館で期待が高いのか、音楽分野ではどの程度のジャンルが想定できるのか、レコード店の音楽の分類の現状はどうか等の質疑があった。

なお、今回の月例研究会については、Zoomの映像を録画し、開催後一週間に限り、出席を申し込んだものの欠席された方にも、映像を配信した。

(記録文責:今野創祐)